タグ:Nokton 50mm F1.1 ( 24 ) タグの人気記事

梅雨・鹿教湯(2)


SONY α7 II + NOKTON 50mm F1.1

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渓流に架かる屋根が付いた木橋を渡り、石段を登れば文殊堂があります。
そこまで歩くことができれば、リハビリも終わりに近いでしょうか。



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by David_lam | 2016-07-01 05:33 |

梅雨・鹿教湯(1)


SONY α7 II + NOKTON 50mm F1.1

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梅雨どきの重い空の下、温泉街の土産屋はみなシャッターを閉ざし
介護士に付き添われたリハビリの老人がゆっくり歩く。

我が家からクルマで20分くらいの鹿教湯温泉には「文殊の湯」という小さな公共浴場がありますが
ここは平日訪れるとお客が私ひとりだったりするので
私はたまに、侘びしさを味わいに行きます。小さな露天風呂もあります。




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by David_lam | 2016-06-30 06:50 |

高遠(一)


Zeiss Ikon + NOKTON 50mm F1.1

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9月の快晴の休日
高遠ブックフェスティバルに行きました。



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by David_lam | 2010-10-11 20:08 |

恵比寿・水無月


Zeiss Ikon + Nokton 50mm F1.1



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6月の初旬、写美で「古屋誠一 メモワール. 」展を観た。

衒いもなく撮られた写真からは、哀しみと、それに対する「自己防衛としての無感覚」みたいなものが漂っていた。

写真は残酷だと思った。残酷な写真を撮りたい、と思った。


古屋誠一 メモワール.「愛の復讐、共に離れて…」、~ 2010年7月19日 ( 月・祝 )
東京都写真美術館にて

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by David_lam | 2010-07-18 09:19 |

わが手に拳銃を、あるいは未だ蕾の桜


Zeiss Ikon + NOKTON 50mm F1.1


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なんとなく、高村薫の『わが手に拳銃を』に出てくる教会っぽくないですか?
上田市の教会ですけど。


高村さんと言えば、『レディ・ジョーカー』の文庫版が発売になりました。
私はまだ読んでいませんが、単行本とどう違うのかが楽しみです。


下は旧上田藩主邸。現在は県立高校になっています。



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by David_lam | 2010-04-25 20:59 |

見慣れた孤独



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やさしさの横顔 弱さに似てるね
悲しみは 色褪せた時の色だね
抱き合えば 見慣れた孤独が見えるね
流されて 僕らはどこに行くのだろう

from 『やさしさの横顔』 by Bread & Butter

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by David_lam | 2010-01-26 23:22 |

蚕都残像・モノクロ編

2009年9月撮影

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M4 + Super Angulon 21mm F3.4(M) & NOKTON 50mm F1.1

1枚目と2枚目は鉄筋コンクリートの繭倉。大正15年(1926年)竣工ということ。こちらは見た目、未補修。
4枚目は「常田館」と呼ばれる明治41年(1908年)に建てられた和洋折衷の建築物。

スキャナ(Canon 8800F)を購入したので
キタムラでたぶんカラーネガモードにてスキャンされてしまった(!)ネオパン400のネガを、再スキャンしてみた。
…当然ながら、ちゃんとコントラストが出た。
スキャナを買ったのは、モノクロフィルム自家現像の布石でもあったりする。

「蚕都シリーズ」は、これでおしまい。
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by David_lam | 2009-12-13 09:56 |

クルマと珈琲

Zeiss Ikon + NOKTON 50mm F1.1
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丸山珈琲・小諸店。焙煎工場も併設されています。

実はここ、かつて輸入車ディーラーの建物でした。
主に仏車とランドローバーを扱う販売店のショールーム兼サーヴィス工場。
うちの2003年型カングーもここで買ったのですが…それから半年もしないうちに退店。
しばらくの間空き家でしたが
軽井沢に本店を構える丸山珈琲が改装を施し、去年「小諸店」としてオープンさせました。

輸入車の店だった頃にも置いてるクルマの数の割に建物がやたら大きかったのですが
そこを珈琲店にしてしまったので、カフェスペースもかなりゆったり。
とにかく天井が高くてガラス面が広く、街の「まったり系カフェ」とは趣を異にしています。

ドライブの際に立ち寄りたい珈琲店です。


ちなみに、松本に本社があり長野市や県外にも支店を展開していたその輸入車販売店は
2009年10月末にすべての店を閉じ、廃業しました。
世の中みんなが「とにかくエコカー! 」みたいな風潮の中で、仏車やら英国車なんてちっとも売れなかったのでしょう。
個人的には「私のカングーの面倒はこれからはどこで見てくれるのだろう」と心配していたのですが
どうやら地元の他の企業が店と従業員を引受け、営業を再開したようです。
輸入車のアフター・サーヴィスというのはいろいろ面倒なことが多いので
とにかく慣れたスタッフがやってくれるのがいちばん。
ひとまずは安心といったところです。


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by David_lam | 2009-12-05 19:36 |

奇跡の人

鈴木杏が好きです。

彼女がサリヴァン先生役で主演に臨んだ舞台『奇跡の人』を観てきました。(Bunkamuraシアターコクーン・10月31日の昼公演)

日本ではアニー・サリヴァン役を大竹しのぶさんが主演した公演が計6回行われていますが
そのうちの2003年の舞台で鈴木杏はヘレン・ケラー役で共演しています。
そして今度はその鈴木杏がサリヴァン役を演じることとなったわけです。


今回お芝居を観たりパンフを読んだりして知った事実。
・サリヴァン先生は自分も全盲だった(手術で弱視レベルに)。
・サリヴァン先生は子供の頃弟とともに環境劣悪な貧救院で育った(弟はすぐに死んでしまった)。
・サリヴァン先生は盲学校に行き、そこを卒業してすぐの就職先がケラー家だっただけで
 決してヘレンの教育に自信を持ってケラー家に乗り込んだのではなかった。
・しかしサリヴァン先生はヘレンを後々ハーバード大学女子学部に入学させるまでにする。

つまり「奇跡の人」、英語でThe Miracle Workerとは、Annie Sullivanのことなんですね。


舞台では、鈴木杏の芝居が、もう圧倒的です。
あれこそ身体を張った芝居。
全三幕のうち一幕中盤から彼女は出っ放しで、かつヘレンとの「格闘」には相当体力を使います。
ヘレンの両親との「格闘」に費やす台詞の量も膨大ですし。
今回さいわいにも私は最前列で観劇することが出来、彼女の「目の芝居」までじっくり堪能いたしました。

上述したように、サリヴァン先生は全盲から手術によって視力を回復したのですが
眩しさには弱いようで、「僅かな光にも目が痛む」とお芝居の中で言っており
だから先生は目を守るためにサングラスを掛けています。

しかし彼女はときどきサングラスを外します。
それは思うように行かないヘレンの扱いに困ったときであり、
また貧救院で死に分かれた弟のことを自責の念とともに思い出すときである。
サングラスを外した彼女はいわば「弱いサリヴァン」であり、まるで光を恐れるかのように目を瞬かせます。

逆にサリヴァンを「北部から来た無礼な女=ヘレンへの虐待者」と認識しているヘレンの父親と対峙するようなときは
先生はサングラスを掛け直し、意識的に「強いサリヴァン」を演出します。


サリヴァン先生はヘレンに何を教えたかったのか。
それは健常者には普通に存在している世界=外界。
外界なくして、自己は無い。
だから、サリヴァン先生はヘレンに、まず自己を待つ人間として自分自身を認識させようとしたのですね。
ヘレンに残された最後の認識の方法としての「触覚」を使って。


今回の舞台のパンフレットの中に、13才のときに失明された廣瀬浩二郎さんという方の文章がありますが、その方は
「今の世の中は視覚重視の社会であり、20世紀から今世紀に掛けてそれはより顕著になっているが、本来人間には
 五感またはそれ以上の知覚領域が存し、前近代においてはもっとその五感力が生き生きと発揮されていたのではないか?」
という意味のことを書かれており、そしてヘレン・ケラーは
「触覚の可能性を切り拓いた人物、視覚にウエイトが置かれていく時代の中で『それだけでいいの?』
 という問いかけをした人物として再評価することも、意義があるのではないかと思う」
とも述べています。


ヴィジュアル中心社会の中で文字通りの「ふれあい」も大切にしてゆこうというメッセージも感じ取れた
鈴木杏の素晴らしい舞台でありました。


(東京公演は今日が最後ですので、興味を持たれた方はすぐにBunkamuraへ!)


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写真は八ッ場ダム水没予定地区で撮りました。
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by David_lam | 2009-11-08 09:32 | 観・聴

祈れ

R3A + NOKTON 50mm F1.1

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とある水没予定集落にて。

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by David_lam | 2009-10-25 06:00 |