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『ハッピーアワー』at 高崎電気館


SONY α7 II + CONTAX Distagon T* 2.8/25 & NOKTON Classic 35mm F1.4 S.C.


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高崎映画祭の上映会で『ハッピーアワー』を観てきました。もちろん通しで。

いわゆる気の置けない関係を続けている4人の、30代半ばの女性たちの物語です。
バツイチの看護師・あかり以外は、婚姻関係継続中。桜子は中学生の息子もいる専業主婦で夫は実直な公務員。ワークショップや短編小説の朗読会などを主宰する仕事をしているキャリアウーマンの芙美は、編集者の夫と暮らす。純の夫は生命物理学者。神戸が舞台。

…作品については、私の下手な文章より、このブログ記事を読んでいただいた方が良いでしょう。

文芸評論家の中島一夫氏の作品評です。

ひとは変わる。変わってゆく。特に女性は、自らの変化を受け容れることをあまり厭わないのではないか。そんなことを思いました。休憩を入れたら6時間の作品ですが、その長さは決して苦痛ではありません。とても観応えがある映画です。

ひとつ、私が抱いた印象を書かせて貰うと、神戸という舞台がこの作品を形作る大きな要素になっているのではないかということ。
(続きを↓「More...」に書きました)




度々放たれる生硬な台詞も、神戸の言葉(いわゆる関西弁とはちょっと違う)で語られるとき、より身近な、ときにより生々しい響きを持つ。例えばラスト近くでの桜子と夫の会話。内容はかなりエグいんですが、神戸の言葉で語られるとき、朝の日差しと相俟って、なんとはなしにのんびりしている。それから、有馬温泉からひとり帰る純がバスの中で三重から来たという20代の女性と会話しているところ。純の語り口と相槌のテンポがものすごく心地よい。使われる言葉が標準語だったならば、この心地よさは生まれないと思います。
ひとつひとつの出来事は、神戸という「おしゃれな」街(もうひとつの舞台である有馬温泉は神戸の奥座敷)で起こることゆえ、物語性を帯びてゆく。4人が住む家やアパートもそれぞれがおしゃれ(外面的な意味で)です。

そして、映像が美しい。冒頭のケーブルカー、真ん中に電車が横切る神戸の街、証言台の純と傍聴席に座るあとの3人、純の住むアパートの部屋とそこからの眺め、フェリーの甲板を歩く純と流れてゆく景色、謝罪帰りの黒尽くめの桜子とその息子、夜明けの橋を渡ってゆく芙美。

…それから、なんとなく感じたことは、桜子の顔つきが冒頭とラストではかなり違うということ。最初は、きれいではあるけれどなんとなくぼんやりした顔つきだったのに、ある出来事を経て「確たる」顔になる。したたかな美しさを内包した。
それに対して、純は最初から「良い顔つき」をしている。それはつまり、純がすでに「覚悟」を決めた女性だからということでしょうか。




by David_lam | 2016-04-04 07:22 | 観・聴
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